通知ではなく、メモを

6分で読了 research attention

— halcyon team

2026年現在、AIアシスタントの既定の形は「ストリーム」である。塊で届く。突いてくる。アイコンにバッジをつける。利用者が答えを読み終える前に追加の質問を書き始める。インターフェイスは、利用者の注意はアシスタントが奪うべき資源だという前提でできている。守るべき資源だとは思っていない。

別の、静かな形がある。通知ではなく、メモ。仕事をひとつ仕上げて、机に置いておくエージェント。鳴らない。バッジをつけない。思考を実況しない。利用者が戻ってきたとき、そこにある。それが相互作用モデルのすべてである。

これは美意識の問題ではない。文献が機能すると言っている形である。

Sophie LeroyのWhy is it so hard to do my work?(Organizational Behavior and Human Decision Processes, 2009)は、注意の残滓——タスクAからタスクBへ移ったあとも、認知の一部がAに留まり続ける現象——についての基準論文である。Leroyの実験は、残滓が最も濃くなるのは前のタスクが未完で、無境界で、宙づりのままにされたときであることを示した。通知は、設計上、宙づりにされたタスクである。読み終えていない。思考の途中で切られた。残滓は一日のあいだに積み重なる。

コストは理論上のものではない。Gloria MarkらのThe Cost of Interrupted Work(CHI 2008)は、三十六人の知識労働者を一日中追跡した。ひとつの中断のあと、もとの仕事の同じ深さに戻るのに平均で二十三分十五秒かかった。中断そのものは長くなくてよい。復帰は長い。

より新しい研究はスマートフォンを実験台に置いた。The hidden cost of a smartphone(PLOS ONE, 2022)では、注意課題中にスマートフォン通知を聞いた参加者は、反応が遅くなり、N2 ERP成分が大きくなった——動員された認知制御の電気生理学的指標である。通知に応答する必要はなかった。届くだけでコストがかかった。2025年のPNAS Nexus論文Blocking mobile internet on smartphones improves sustained attentionは、一定期間通知とモバイル・インターネットを切ると、持続的注意と主観的な幸福感に測定可能な改善が出ることを示した。

これらを束ねると、小さく、一貫した像が立ち上がる。中断は高くつく。コストは注意の残滓、ストレス、遅い反応、引き上げられた認知制御として支払われる。利用者がそれを「中断された」と感じるかどうかは関係ない。コストの一部は自己報告の閾値より下で支払われるからだ。

ここで、多くのAIアシスタントが実際にやっていることを見てほしい。構造的に通知エンジンである。流す。提案する。追質問をうながす。バッジをつける。上の文献の語彙でいえば、残滓を生むよう最適化されている。

halcyonでは別のデフォルトを採用した。ストリーミング・トークンはない。あれは利用者を画面に留め置くためのUI原始要素だからだ。コンポーザに自動補完はない。あれは助けを装った低品位の中断だからだ。下書きが届いたあとの追ナッジはない。下書きのあとの沈黙は、仕事の一部だからだ。エージェントは仕上げ、結果を置き、止まる。利用者は自分のスケジュールでそれを読む。

私たちが目指す相互作用は、ノートとのそれである。ノートは鳴らない。流さない。突かない。やるべきことができたとき自分で開きにゆく。開けば、置いていったものがすべて残っている。ノートこそが、ひと世代の「AIアシスタント」が自らを比較してきた静かな基準線であり、その比較は彼らに有利には働いていない。

ここでいう「メモ」とは、完結した成果物のことだ。下書き。計画。短いスクリプト。引用つきの調査要約。エージェントはそれを生み、机に置く。通知はその逆だ。次の動作を要求するだけの断片である。前者は読むもの。後者は退けるもの。同じ形ではない。

この議論のいちばん強い版はこうである。知性を届けるために中断してくるアシスタントは、現有の認知科学に照らせば、仕事から知性を引き出している。利用者がそれを読んだあとに明晰に考えられるかどうかでエージェントの貢献が決まるなら、その明晰さに加える負荷はすべて、エージェント自身の出力に対する差し引き項となる。通知はこの式の負の項である。

うるさい製品がデモを利用者のワーキングメモリから支払うよりは、静かな製品を出すほうがよい。

出典